〇名前:水瀬(みなせ)しろ
〇年齢:XX歳
〇職業:予備校生(通信制の大学に行く予定だが現在は自宅学習)
〇趣味:膨腹動画の投稿(しろの名前で配信)
スマホを横に構え布団に潜り込む。
しろの膨腹配信。
知る人ぞ知るマニアックなチャンネル。
かわいい女の子が空気でお腹を膨らませて僕たちに見せてくれる。
顔は出さないし声もほとんど囁き程度。
今夜も、22時ちょうどに通知が届いた。
《しろ*今やは特別編だょ*》
「……“今やは”?」
一瞬、見間違いかと思って見返す。
あれ、誤字?
まあ、そんな些細なことはどうでもいい。
タップして画面が切り替えた。
豪華な内装が目に入る。
今日はどこかのホテルだろうか?
スマホを立てかけた不安定な映像はいつも通り。
ただ、一瞬カメラが少しぐらついた。
立てかけてあるスマホに誰かが触れたようだ。
特別編ってあるし他にも誰かいるのかな?
音声が入る。
囁くような息遣い。
「こ、こんばんは…きょ…今日は…すこし特別…です……」

水色のホースはもう挿れてある。
しろはすぐに電動空気ポンプをONにした。
ブブブブブブブ・・・
小さなモーター音が、部屋の静けさに重なる。
お腹が、じわじわと膨らんでいく。
皮膚の下で空気が広がり、しろの腹部がゆっくりと持ち上がる。
透き通るような肌が引っ張られて、白からほのかに赤みを帯びる。
みぞおちのあたりが、ほんの少し呼吸に合わせて波打っていた。
しろは一言も喋らない。
いつもの、ここで止めるタイミング。
限界手前のふくらみ。見慣れた光景。
「きょ、今日は、まだ…入れる、から……」

ブブブブブブブ・・・
腹がさらに音を立てて膨らんでいく。
左右の脇腹がじわじわと盛り上がる。
空気が大腸を伝い、腸壁を内側からぐいぐい押し広げているようだ。
骨盤の上から腹全体が前に迫り出し、緩やかなカーブを描いて艶を帯びる。
クビレていた腰回りは、まるで袋を膨らませるように太くなり形を変えていく。
「んっ……ふ、く……ぅっ……」
しろの肩が震えた。
短く息を詰め、喉からくぐもったうめき声が漏れる。
カメラはしろの動きに追従していた。
やはり他に誰かいるようだ。
「く、う……ぁ、あぁ……」
背中を反らして腹を突き出すと、しろはゆっくりと身体をよじった。
グギュルッ…ギュルギュルッ……
腹の奥から湿り気を含んだ気味の悪い音が響く。
ブクッ…ブクッ…と腹が迫り上がる。
詰まっていた空気が腹の奥へ押し込まれ小腸を突き進む。
折り重なる細長い管が、狭い腹の中で太くなり、突き出た腹が丸みを帯びていく。
違う。
いつもと違う。
それがなんなのか上手く言えない。
だけど何かが違っている。

突然、しろがポンプを止めた。
部屋に静寂が訪れる。
腹に添えていた手が、ぐっと下腹を押さえ込むように動いた。
「……む、むり……も、もう……ほんと……」
誰かにすがるような、震えた声が響く。
しろは、カメラに映らない“誰か”に話しかけている。
ブブブブブブブ……
「うっ…う、うぅ……」
しろが操作してないのにポンプ動き始めた。
まるで、姿を見せない誰かからの“返事”であるかのように。
「っう、ぅっ……ごぷっ……!」
腹がぎゅっと痙攣して歪む。
濁った音が響くと口から液体が溢れ出した。
空気で膨れた胃袋が、他の臓器に押し出されお腹の表面に浮き上がる。
「ひっ……や、やだ…っ…た、助けて!!誰かぁっ!!」
スピーカーが音割れるほどの大きな悲鳴。
しろが腹をかかえたままフラフラとフレーム外へ移動する。
カメラが揺れる。
誰かがしろの後を追っている。
「いやっ…いやあっ…離してっ!!」
遠くで激しくもみ合う音が響く。
家具が倒れ花瓶が割れ破片が床を飛び跳ねる。
ドサッ!!!
誰かが倒れるような音が響いた。
抑え込まれているような、荒く苦しげな息遣いが漏れてくる。
「お、押さな…いやああぁぁっ!!」
しろの大きな悲鳴がスピーカー越しに響く。
「うっ、ぐっ!?……ごあっ…があぁっ!!」
喉奥に絡んだ痰を吐き出すような苦鳴。
ぐつぐつと粘液が泡立つ音が混ざり、もはや声とは呼べないものだった。
バタンッ!!ガタンッ!!
乱暴に床を蹴る重たい衝撃音が何度も響く。
追い詰められ、もがき、暴れる音。
必死に抗い、助けを求める音。
ブヂュッ!!
「ぎぃ……!!」
水気を含んだ破裂音。
そのすぐ後、重く粘り気のある液体がぶちまけられるような濁音が重なる。
「かひゅっ…あぅ…ぅ………」
しろのかすれ声が、か細く響いた。
いつもの囁きとは少し違い今にも途切れそうな声だった。
再びカメラが揺れる。
不意にフレームの端に“誰かの手”が映り込む。
「ん…ごぐっ……」
しろが、唾を飲み込むような音を響かせた。
異様に生々しくどこか耳に残る音だった。
プッ……
映像と音が唐突に途切れた。
画面には停止マークだけが静かに残されている。
その後、このチャンネルから新しい動画が配信されることはなかった。
特殊清掃記録:〇〇区、某アパート307号室
入室時間:03:12
作業員:記録者を含む2名
依頼主:施設管理会社(定期契約)
通報経路:清掃後の巡回スタッフによる異臭報告
ドアを開けた瞬間、鼻を突く酷い酸臭。
腐敗というより、胃液と便と鉄の混じったような、複雑な匂い。
それほど多くの現場を経験したわけではない。
それでも一歩入っただけで「ああ、これは時間がかかるな」と思った。

腹部が酷く損傷した女性の遺体。
まるで花弁のように遺体を中心に体液と排泄物と吐しゃ物が広がっている。
遠くを見据えるように座った目がこちらを見ている。
視線を逸らす必要はない。
慣れている。
ただ、妙に“目が合う”ような気がした。
異様に膨れた腹。
傍にあるのは三脚に固定されたスマホと空気ポンプ。
空気ポンプの先にはチューブが接続されそれが女性の尻にまで伸びていた。
配信中に起きた不慮の事故。
一目で分かった。
遺体を持ち上げると風船のように膨らんだ腸が身体から飛び出て床に落ちる。
まだ暖かく、事故があってから間もないようだ。
しかし、空気で膨れた腹が遺体袋に収まらず、ジッパーが途中でつっかえる。
仕方なく、胃や腸を絞って中の空気を抜いていく。
「ごぷっ……」
小さな口から吐瀉物と一緒に金属製のオイルライターを吐き出した。
配信中のパフォーマンスとして飲み込んだのだろうか?
酷く汚れているが状態は悪くない。
男が使うようなごつくて重いデザイン。
恐らく限定品の高級モデルだ。
底面にはイニシャルが刻まれており、誰かの大事な品だったのかもしれない。
あ、そうえば、ちょうどライターが欲しかったんだ。
誰も見ていないことを確認して、それをこそっとポケットにしまった。
洗浄、消毒、除臭。
全部マニュアル通り。
マスク越しでも匂いが抜けてくる。
使い捨て手袋を二重にして体液の染み込んだ床を丁寧に清掃していく。
退室時間:05:48
作業完了。
