どうしても助けたくなった。
たまには普通の物語も書いてみようと思う。
放課後のプールに足を忍び込んだ。
水面は静まり返り、冷たい空気が漂っている。
誰にも見つからないよう急いで準備を整え、一気に飛び込んだ。
水中で目を凝らすと、視界の奥に何かが沈んでいる。
排水口の奥――それは天音だった。
必死に引き上げた。
天音の身体はぐったりと力を失い、冷たい水が滴り落ちる。
「しっかりして、天音ちゃん!!」
声を張り上げ、何度も揺さぶったが返事はない。
肩は氷のように冷たく、胸の呼吸は完全に止まっていた。
揺らすたびに頼りなく揺れるその身体が、現実を突きつけてくる。
「嘘だろ…!目を開けてくれよ…!」
涙が止まらない。
片思いだった天音。
その想いを伝えることさえ叶わないまま、彼女は手の届かぬ場所へいってしまった。
抜け殻になった彼女を強く抱きしめるとまだ仄かな温もりを感じる。
「ごほっ、ごほっ!!」

「あ、天音ちゃん!?」
突然、天音が水を吐き出した。
僕が抱きしめた瞬間、肺に溜まっていた水が排出されたようだ。
彼女の瞳がかすかに開き、混乱した様子でこちらを見つめる。
「うっ…」
か細い声とともに彼女の身体から再び力が抜けた。
天音を抱きしめながら、助けたときの光景が脳裏をよぎる。
水中で彼女を浮上させようとしたとき、長いピンクの髪の毛が排水口に絡みついていた。
その色鮮やかなトレードマークは彼女が水中から逃れることを許さなかったようだ。
酸素が尽きるまでの間、どれほどの恐怖を味わったのかは想像に難くない。
もしあと少し気づくのが遅れていたら彼女は二度と目を開かなかっただろう。
震える彼女の身体が伝える冷たさに、焦りがこみ上げてくる。
水に濡れたままでは、体温がどんどん奪われてしまう。
「天音ちゃん、ちょっとごめん…」
僕はためらいながらも彼女の水着に手を伸ばした。
水を含んだ布が肌に密着し、彼女をさらに冷やしているのは明らかだった。

プルンッ
「ごめ…っ!?」
指先に伝わるひときわ柔らかい感触に思わず息を呑む。
心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。
「柔らかい…」
その言葉が頭の中をぐるぐると回る。
意識していないつもりでも手に残る感覚が離れない。
衝動に駆られ、そっと指先に力を込めた。
触れている柔らかな感触が少しだけ形を変えたのがわかる。
驚くほど繊細でそれでいて確かな弾力を秘めた感触に思考が奪われる。
「…っ!?」
遠くから聞こえてくるサイレンの音が徐々に近づいてきた。
さっき僕が呼んだ救急車だ。
冷静さを取り戻した僕は彼女をバスタオルで包み込んだ。
タオル越しに彼女の体温が温もりを取り戻しているのを感じる。
後日、お見舞いに行くと、そこには元気な天音の姿があった。
僕のちょっとした出来心には気づいていない様子で、彼女は顔を赤くして「ありがと」と呟いた。
